西郷どんの奄美大島での生活を支えた愛加那さんとは?!

愛加那
2018年NHKの大河ドラマ「西郷どん」に決まったことで
今、鹿児島に目を向ける人が多くなっています。

西郷どんが奄美大島で暮らした3年間色んな出来事があったようです。
そんな中、西郷どんの島での生活を支えた島妻・愛加那さんとはどんな人だったのでしょう?
NHKの大河ドラマでは、二階堂ふみさんが演じることになっています。
愛加那さんのどんなところに着目して話が展開していくのか楽しみですね。

愛加那さんについて気になるあれこれを見ていきましょう。

西郷どんの島での名前は?

西郷どんは、島に来るときには身を隠すために名前を変え、西郷ではなく「菊池源吾」と名乗っていました。

この事から二人の子供(菊次郎・菊草)に「菊」の字か使われているようです。

菊次郎が、長男なのに「次郎」なのは、すでに別のところで子供が1人いたからと言われています。

愛加那さんは、名門の出?

西郷どんの島妻となった愛加那さんは、島の名家「龍家」の一族でした。
父は、龍佐恵志(りゅう・さえし)母は、枝加那(えだかな)でした。
父は、愛加那さんが6歳の時にすでに亡くなっていました。

異母兄弟を含めると5人兄弟の4番目で次女でした。

愛加那さんは、機織り名人?

西郷どんの島妻となった愛加那さんは、島の名産である芭蕉布の織り手としてとても上手で

村の女たちに教えるほどの腕前だったそうです。

もしかしたら、西郷どんの着物も愛加那さんの手織りだったかもしれませんね。

愛加那さんは、西郷どんが鹿児島に帰った後も、再会を心待ちにしていたそうです。

西郷どんが、再び島流しになった時に1度だけ再会する事ができたそうですが、その後は、子供たちも鹿児島の西郷家へ送り出し1人で暮らす日々が続いたそうです。

唯一の楽しみは、菊次郎が台湾への道中に島に立ち寄ってくれることだったようです。

最後は雨の降る中、畑仕事に行きそこで倒れ66歳で亡くなりました。

まとめ

愛加那さんは、島の人たちの暮らしぶりが良くなるように日々考えていたそうです。

そんな中で、自分でも機織を通して、貢献していました。

大島の織物には、当時からの女性たちの気持ちが織り込まれているのだと思うとますます伝統の重みを感じます。

そんな伝統のある生地で、作品を制作できることを嬉しく思っています。

次回は、大島紬や作品の紹介もしていきたいと思っています。

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